八幡神はもともと、
農耕の神であるとか海の神であるとか鍛冶の神であるとかいわれていますが、
武士の守り神でもあります。
戦いの前に「南無八幡大菩薩」と唱えたりするのですね。
それじゃあいつから武士の守り神になったのでしょうか。
これは平安時代半ばからのようです。
八幡神は応神天皇であるとも言われています。
それで、天皇家から別れた源氏が、天皇家の神である天照大神とは別に
天皇家ゆかりの神である八幡神を自らの守り神としたようです。
前九年後三年の役で活躍した源義家は「八幡太郎」とも呼ばれますね。
そして源頼朝が、源氏の守り神として鎌倉に鶴岡八幡宮を作り八幡神を勧請したと。
しかしその鶴岡八幡宮の石段で3だい実朝が斬殺されて
源氏の将軍は潰えてしまうのだから皮肉なものです。
まあしかし源氏以来八幡神は武家の守り神となりました。
これは天照大神を中心にすえる朝廷とは、
別の力の源と別の権力秩序を持とうとした武家の意志の表れかもしれません。


